一般的には野球にその原点があるとも言われているが、実際には中国福建省に18世紀に実在した“椰弓”という人物が創始したという説が有力である。
椰弓は幼少の頃より、蛇拳と形意拳を学び、その経験を元に「蛇意拳」を創始した。椰弓が創始したことから、後に椰弓拳と呼ばれるようになり、やがて椰弓に変わり「野球」の字が当てられるようになり、現在の「野球拳」となった。しかし蛇意拳の名は、野球拳のもっとも中核となる套路(日本の武術で言うところの“型”)の名として、現在もその名を留めている。
この蛇意拳の套路には、3種類の手形からなる攻撃がもっとも重要とされる。中国拳術でいうところの掌は、野球拳では「八(パー)」と呼ぶ。この技を喰らうと体が八つ裂きにされたかのような痛みを味わうことから「八」と呼ばれたものである。
すべてがご破算になる「パーになる」という言葉は、この「八」を喰らった時の様子から来ているとも言われ、また頭がおかしいことを意味する「クルクル・パー」も、頭部にこの技を受けた者が必ず脳障害を起こす様子がその語源とも言われている。
しかし、その八の掌打をも凌駕する技が「猪牙(チョキ)」であるといわれる。猪牙はその名のとおり、猪の牙のように突き出した人差指と中指の二指で以て敵を突き殺す恐るべき技である。
威勢のよいことや、勢いにまかせて物事を行うことを意味する「猪牙掛り」という言葉は、一般的には「猪牙舟」がその言葉の由来ともいわれているが、昨今の研究では「猪牙という技の凄まじい勢い」を表したのがその語源であるという説が有力である。
一般的に言われる拳(正拳)は椰弓拳においては「寓(グウ)」と呼ばれる。「寓」という文字には「仮の住まい。寓居」という意味あいがあるが、野球拳の突きを喰らうと、必ず絶命にいたるため、その突きを受けたものは、己の肉体は魂の仮住まいであることを悟ることからこの名が付けられたともいわれている。
なお、この攻撃を受けたものは、叫び声を挙げる間もなく瞬間的に死にいたることもあるため、その様子から「グウの音も出ない」という言葉がうまれたともいわれている。
しかし、不思議なことにこの「寓」を凌駕する技が「八」であるといわれている。このように三つの技が連環してそれぞれを凌駕することで無限のスパイラルを生じ、技の極みに達することができるのである。
なお、この三つの技、即ち「八」と「寓」と「猪牙」とが連環して凌駕する様子を模して遊びの形にしたものが、今で言う「ジャンケン」である。このジャンケンという言葉は、既に述べた野球拳の套路である「蛇意拳」にその名を由来する。
【民明書房刊「福建武術にみる近代遊戯の起源」より】